固定概念を壊すことからのチャンスを:近畿大学経営学部 廣田章光ゼミ

チャンス提供業

「教員の仕事はチャンス提供業だと思います。高いお金を払って大学に来てくれている学生にできる限りチャンスを提供したい。そして、そのチャンスを生かして、自分で考え、行動してほしい」。

廣田章光(近畿大学経営学部教授)は授業後、教材を片付ける手を止めることのないままに、改めてこう付け加えた。

無意識の中の固定概念

一般財団法人 ジェームズダイソン財団が教育現場に貸出をしている教材「ダイソン エンジニアリングボックス」をご存知だろうか?

ダイソンのサイクロン掃除機、一度は目にしたことがある人が多いだろう。

このエンジニアリングボックスは、実際の製品を分解組立することで掃除機の仕組み、機能、サイクロン技術などを学ぶ教材である。

廣田はこのエンジニアリングボックスを活用したマーケティングの授業を行なっている。

「これは学生たちに生活の中から課題を見出し、技術によって解決することの大切さ・面白さを学んでもらうための教材です。主に中高生を対象に貸出を行なっているようですが、私は大学の経営学部の学生が技術に関わるリテラシーを身につけながら、マーケティングを学ぶ上で有効なツールだと感じ、活用しています(廣田)」。

サイクロン?

「まず、経営学部の学生は技術や機能という言葉に圧倒的に弱いです(廣田)」。

何も考えないままに

「何も考えず、技術や機能といった部分は自分たち経営学部の学生の扱うものではなく、工学部などの理系の学生が扱うものと決めつけてしまう」。

「同じように、そもそも製品を分解しようと思わない、分解なんてしてはいけない、といった”固定観念”があります。まずはこの状態を払拭したいと考えています。そうすることで、例えばダイソンの”サイクロン”と言う言葉はよく知っている。しかし改めて考えると言葉だけしか知らないという事実に直面することができるようになります(廣田)」。

技術リテラシーに基づく

「リテラシーとは、”知らない状態”から知ることを経験する中で、初めて手に入るものです(廣田)」。

廣田はこう付け加えた。

「製品の技術や機能に関するリテラシーを身につけ、その上で表面的でないマーケティング、言葉遊びではなく“マーケティングとは何か”を理解してほしいと考えています」。

ビジネスコンペ

廣田のゼミでは、毎年3、4回生たちがチームを組み、ビジネスコンペに参加するのが恒例である。

廣田は、マーケティングコンセプトを作る上で基本である「誰のための」「何を」やりたいのか、を学生に何度も問いかけるだけで、学生が考えてきたビジネスプランに対して手を加えようとはしない。

カリフォルニアでみた景色

「私が作らせるものであってはならない、学生が自ら歩み始める機会をつくることが教員としての私の仕事だと、私は考えています(廣田)」。

廣田は2013年から2014年の1年間、客員教授としてスタンフォード大学に、また客員研究員としてカルフォルニア大学ロングビーチ校に勤務していた。

「私が見たカリフォルニアの学生は、自分でやる、考える。キャリアも自分で考えて自分で進む。そして教員は、学生が自ら考え、行動するチャンスを与える。驚いた。これまでの自分のやり方を改めようと感じたのがこの時です(廣田)」。

それ以前のスタイルへの邂逅

廣田が2008年に近畿大学に着任した頃のことである。

「初めの4、5年はある意味ではとてもやりやすかった。近畿大学の学生はきちんと真面目にやれるため、私のプロジェクトは『私が上司、学生が部下』といった、ある種会社のような組織でした」。

廣田の企業勤務時代

廣田は国内のあるシューズメーカーに勤務していた。

入社して、初めは工場勤務、その後研究開発部門、その後は事業開発部門でマーケティング・新規事業担当を任された。30代はずっと新規事業担当として現場で役員と一緒に、部下2人を引き連れて、毎日取引先や広告代理店などを足繁く回った。

もともと同社には営業と製造部門しかなく、マーケティング部門がなかった。

「社内にマーケティング部門を創ろう」。

そうした気運の中で事業開発部門に着任したわけだが、当時のシューズ業界は卸店や小売との関係性の調整に重きが置かれ、ユーザー視点が乏しい業界だった。

廣田は当時を振り返る。

「当時は大変でした。作った商品がどこで誰が買っているのか全くわからない。仮説を立てて開発してもも、検証ができない。ただなんとなく、スポーツ用品店で売れているか売れていないかだけ、POS情報もない」。

初めは商品タグの回収をして、その情報を手入力して情報を作ったという。製造・開発サイドに還元するためには、「どの店で何が売れているのかを知り、売れ店において店頭のどんな工夫、どうやったら売れるのか」を示す必要があったからである。

様々な取組みの甲斐もあり、社内にも少しずつ顧客視点・マーケティングという概念が少しずつ浸透していったが、一方で根っこのところ、それまでのやり方、考え方までは、なかなか大きくは変わらない部分があると感じていた。

廣田は、改めて広い視点でマーケティングを学びたい、大学で学び直そうと思ったことが、現在に至るきっかけであった。

アメリカからの帰国後

「帰国後、すぐに10以上のプロジェクトを進めるが、学生には何も言わない、考え方も提供しないようにしました。飲料メーカーのプロジェクト、観光地プロジェクトなど、プロジェクトのテーマが面白いため、学生はのめり込んで取り組むが、とても時間がかかり、午前8時から午後11時までずっと学校にいて議論している学生も多かったです」。

廣田はこう振り返った。

試行錯誤の中でさらなるチャンスを

廣田の授業・ゼミは主に2017年4月に竣工した近畿大学東大阪キャンパスにある新施設「Academic Theater」内で行われている。Academic Theater施設内にある授業・ゼミ用のスペースを使用するためには、前年度中に授業計画を提出し、厳しい審査を経て、使用権を勝ち取らなければならない。

廣田のゼミを受講する学生の多くは「この施設ができたおかげで、以前に比べて学校にいる時間が長くなった」という。

文理の垣根を超えて、社会の諸問題を解決に導くための新施設「Academic Theater」

Academic Theater内のカフェスペース

新たな学びの空間・出会いの場としてデザインされた図書館

廣田はプロジェクトに関する課題も口にする。

「一部でプロジェクトの負担が重いという話も出たため、プロジェクト数を減らし、指導方法も変更しました。しかし以前に比べて、どことなくプロジェクトへの熱意が下がり、プロジェクトチーム間の交流も減っているように感じます。そつなくこなしてはいますが、これでは機会としては足りていないというのが本音です」。

廣田は現在も試行錯誤を続けている。

近畿大学 経営学部商学科教授

廣田章光

株式会社アシックス入社後、スポーツ工学研究所、スポーツ・健康分野における新規事業開発、経営企画室を経て、アパレル事業部のマーケティング部門設立責任者およびその運営を担当。2008年から現職。2013年~2014年 スタンフォード大学Mechanical Engineering CDR(Center of Design Research)に所属しデザイン思考、スタートアップの研究を行う。主な著書に、『1からのマーケティング(第3版)』(共編著、碩学舎、2009年)、『1からの商品企画』(共編著、碩学舎、2012年)『中小企業マーケティングの構図』(共編著、同文館出版、2016年)など。